ラクナウの伝統刺繍チカンカリ
デリーの南東約500kmに位置するウッタルプラデシュ州の州都、ラクナウ(ラクノウ)。
デリーからは飛行機で1時間半ほど。
こちらの伝統刺繍チカンカリ(チカン刺繍)は、17世紀のムガール王朝時代にペルシャより伝わったとされ、お花やペイズリー柄をモチーフにしたデザインが多く、見ているだけでもうっとりするようなものばかり。
まだ買い付けを始めたばかりの頃にインドに住む友人からこのチカンカリを教えてもらって以来、すっかりその虜に。
なかなかラクナウに直接買い付けに行く機会はなく、それまではずっとデリーやジャイプールで仕入れていましたが、ようやく念願のラクナウ訪問が実現できました!
やはり本場は違いますね。あちこちにチカンカリのお店が立ち並び、品揃えも他の都市とは比べ物にならないほど。
時間が幾らあっても足りません。
所狭しとストックされたクルタやワンピースの数々。
1枚1枚全部広げて見たくなります。
◆チカンカリができるまでの工程
チカンカリが完成するまでの工程は、大きく3つのパートに分かれます。
1.ブロックプリント
様々な手彫りの木版にニールと呼ばれる染料をつけて、生地にデザインをプリントしていきます。ニールは青い色素の洗剤で、黄ばんだ衣類などを白くする効果があり、日常的に使われているものです。洗えば落ちるため、刺繍を施した後の洗いの工程できれいに流されます。
通常のブロックプリントとは異なり、一旦柄づけをしてから、刺繍を施した後に染料を落とす必要があるため、洗い流せるニールという染料を使ってプリントしていきます。ニールは青い色素の洗剤で、黄ばんだ衣類などを白くする効果があり、一般的にも流通しているものです。
手彫りの木版の数々。
洗うと落ちる染料ニール。
柄づけされた生地。いよいよこの上から刺繍を施していきます。
2.刺繍
こちらはNGOの工房を見学した際の作業風景。驚くほど速いスピードで針を刺していきます。女性達が工房に集まって作業をしていますが、普段は家庭で家事の合間をぬって作業をするのが一般的。
NGOで働く女性達の作業風景。インドでは床に座って作業するのが一般的です。
大きい生地は複数人で分担して作業していきます。
シャドーステッチを裏面から施しているところ。
3.洗い
ラクナウの街を流れるゴムディ川で染料をきれいに洗い流し、乾燥させます。
川での作業とは日本では考えられませんが、これもインドならではの光景ですね。
ジリジリと肌を刺すような暑さの中、作業をしている人達。
今でも根強く残るカースト性の中でも低い立場の人達がする仕事とのこと。
わずかな賃金のために、炎天下で肉体労働をしている姿には頭が下がります。
こうした地元の人達の苦労の賜物で素晴らしい芸術品が完成するんだなぁと目で見て納得。
カラフルな色合いは見ているだけでも気分があがります。
完成品でもシミがついていたり、ひどいものは生地に穴があいていたりする場合があります。
川での洗い作業のうえに、洗濯板にブンブン生地を叩きつけての作業のため、穴があいてしまうのも納得です。
買い付け時には生地が破けていないかやシミがついていないか、時間をかけて1枚1枚チェックしていますが、
どんなにチェックしたつもりでも日本に戻ってから再確認すると、ガーン穴あいてるし…と思うこともしばしば。
そういうことも全てひっくるめて「インドでの買い付け」ということなのかもしれません…
◆チカンカリの生地
元々は白いコットン生地に白い糸の刺繍が主流だったようですが、近年はパステル調の生地や原色系のものも多く出回っています。
生地はコットン、ジョーゼットやシフォン、シルクなど種類も豊富ですが、当然のことながら素材により価格も大きく異なってきます。
ラクナウではコットン100%のものはむしろレアで、コットンと謳っていてもコットンにポリエステルやナイロンなどを混ぜた素材が多く出回っています。
既製品だけではなく、自分のサイズにあわせてドレスを作れるような刺繍が施された生地自体も売られています。現地ではテーラーにオーダーするのは一般的なことで(ちなみにテーラーはほとんど男性)、お抱えのテーラーがいるマダムはお好みのドレスを作ってもらうことのほうが多いのかもしれません。
ジョーゼットの婚礼衣装用生地。ゴージャスですね〜。
近くで見ると、後述のゴータパティとゴールドの刺繍が一面ぎっしりと施されています。
これだけの刺繍を完成させるのに一体どれだけの時間を費やしたことか…
◆チカンカリの技法
40種類近くあると言われるチカン刺繍の代表的な技法を幾つかご紹介します。
◎バキヤ (Bakhiya)
最も代表的なシャドーステッチとも呼ばれる技法。透け感のある生地の裏面から刺していく技法です。
一見シンプルな刺繍に見えるかもしれませんが、よく見てみると縁取り以外は全て裏面の刺繍が透けて見えているもの。
実際に着ていただくと、裏面に刺したステッチが立体的に浮かび上がってきて、華やかさが一層際立ちます。
表面
裏面
◎ファンダ (Phanda)
ファンダは丸いお花やペイズリー柄を縁取るぷっくりふくらみのある楕円形の刺繍。
ほとんどのペイズリー柄に施されていると言っていいほどよく目にする定番の刺繍です。
花柄とペイズリー柄、バキヤとファンダの王道コンビネーション。
一目惚れしたきれいな色合いのクルタ。
ピンクの部分がファンダ。2色使いは珍しいですが、きれいなターコイズブルーと
ピンクのコンビネーションはなかなか見かけないレアな組み合わせです。
◎ジャリ (Jaali)
ジャリは針を刺しながら、生地に穴を開けて網目状にする高度な技法です。
ジャリを施しているところ。
ここまで大きく穴をあけると生地が裂けていかないのか不安になりますが、熟練のなせる技なのでしょうね。
当店でお取り扱いしていたジャリが施されたクルタ。気品が漂います。
こちらも当店でお取り扱いしていたもの。
とてもとても手で施したとは思えないほどの細かい作業。
手仕事と言われなければ分からないほどの繊細さですね。
◎ガスパティ (Ghas Patti)
主に細長い葉っぱのモチーフに使われます。
当店でお取り扱いしているこちらのクルタでは、葉っぱと花びらにも使われています。
少し厚みのあるコットン生地では、透け感がないため、バキヤよりもこのようなしっかりした
刺繍が向いています。生地によって刺繍を使い分けているんですね。
◎キールカンガン (Keel Kangan)
お花の中心部となるキールとその周りを囲むカンガン、2つのテクニックが合わさっています。
ボタンの周囲を囲むグリーンの小花がキールカンガンです。
黄色いお花の中心部にも用いられています。
◎ムケーシュ (Mukaish)
こちらはチカンカリの技法ではありませんが、インドではかなりメジャーな手仕事としてよく見かけますので、ここでご紹介します。
一面に散りばめられたゴールドはメタルワイヤーを針に通して縫いつけていくムケーシュと呼ばれる技法。
とても手間がかかるため、婚礼用のドレスなど、高級品にのみ用いられます。
ゴールドが加わるだけで豪華さが際立ちます。
◎ゴータパティ
ゴータパティはゴールドの薄いティアドロップ型のメタル状の生地を縫い付けていくもの。
こちらもチカンカリだけに用いられるものではありませんが、チカンカリにもよく用いられています。
1枚1枚を糸で縫い付けていくため、手間も時間も要します。
(取れやすいのも難点ではあります…)
華やかさが増します。